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社長ブログ
2020/06/08

withコロニッシュ。コロナ「的なもの」との共生。という世界観でぶれながらヘルシーに生きてみたい

株式会社ビヨンド
ビヨンドメディア

私たちにとって今後必要なものの見方、その根底としてのあり方。そして、あらためて「コロナとは何か」を考えてみた


久しぶりの投稿です。

ビヨンドのキング(仁藤和良)です。

ちょっと最近考えていること。私たちにとって今後必要なものの見方、そしてその根底としてのあり方。そして、あらためて「コロナとは何か?」ということを書いてみたいなと思います。

緊急事態宣言が解除され、世の中いろいろな動きが出ています。

その中で感じているのは、

ついついこの環境下だと、

・「これはよい/これは悪い」という二元論へのとらわれ

・原因や対策をひとつに決めつけたい気持ち

が出やすくなるなぁと。

これは自分自身も含めて、です。
(私は、自分がスッキリしたいのですぐこういう思考になりがちです。)

例えば、

- 居酒屋に行くのはよくない

- マスクをつけないのはよくない

- 責任者が全て悪い

などなど。


それはそれで大事だと思うのですが、

それだけではなく(※正確には「それをも含んだうえで」(transcend and include))

・これにもあれにもよいところも悪いところもある(※正確には「よいも悪いもない」)

- そうはいってもお店のことを考えたらどうかな
とか

そして

・つながりや全体性の中で状況に応じてとらえる

- そうはいっても炎天下でマスク付け続けるのはどうなのよ
とか

- そうはいっても広い道でまでマスクつける意味あるんだっけ(車が通らない道で赤信号を守る的な)
とか

- そうはいってもむしろ子供はマスクがあることで自分の目や鼻を触りやすくなるということもあるよね

など、という

ものの見方やあり方がますます大事になってくる

のだなぁと。

(※その観点でいうと、最近よく聞く、コロナ禍という言葉は、「禍(わざわい)」という漢字を使うことで、すでにコロナ=悪と決めつけているようにも感じさせる表現なので、意図・選択して使うときはいいと思いますが、無自覚に使うと危ないなとも感じています。私は「コロナ下」とか「コロナ状況下」と表現することが多いかな)

言ってみれば、
曖昧なもの、複雑なもの、受け入れがたいものも含めて受容するということですね。
(※正確には、受容する選択肢ももってみるということかな)

ただそうはいっても、その中でもどのような環境認識をもっておくかは大事だと思います。

それが「withコロナ」だったり、コロナとの共生」ということでしょう。

「コロナが終わったらあれをしよう!」

という「はじまりとおわり」にすがりつきたくなる気持ちを認めつつ(これもよい/悪いではないですね)、その気持ちを抱きしめて、グラデーション的に変化し続ける世の中でいかに自分も健全に揺れ動きつつ、ぶれつつも心はどっしりとしていられるか。

- ひとことで説明しづらい世界

- ひとことで説明すると大事なことがどこか欠落してしまうかもしれない世界


それ故に

- 何かに対する判断の軸も、バランスという言葉で語らざるを得ない、むしろそれが適切に言い表している(うまく言い表せないことそのものが言い表している)ような世界

の中で、

恐れや不安を排除するのではなく(※ということも含んで)、「それらと共にあることを常態とすること」が大事、とも言えるかと思います。

まさに私たちの意識や世界をアップデートする機会なのだな、とわたしは最近感じています。


また、そこにおいて大事にしたいなと思うのは「コロナとは何か」とあらためて問うてみること。

より抽象のレベルを上げて物事を捉えることが、そこからの学びを深くし、そして現在と未来をよりヘルシーにするものだとしたら、この問いはとても大事だと思うのです。

これまた正解も不正解もないと思いますが、私はこう捉えています。

あらためて、コロナとは何か?と、問うてみる

それは、

「薄々私たちが気づいていた当たり前だと思っていた既存の慣習(や、埋もれていた兆し)を、地球の幸せという観点で問い直す機会(=地球視点からのヘルシーかつ大きな問い)」

であり、

それは同時に

「私たちに、私たちが普段しっかりと意識していない恐れや不安(、そして気持ちよさや愛)をしっかりと見つめさせてくれる機会(=自分自身にとって本当に大切なものは何か、ヘルシーさとは何かという大きな問い)」

であるのだろうなと。

「withコロナ」でも「コロナとの共生」も大事だと思いますが、このまさにVUCAの時代においては、さらに踏み込んでみると、

今後、前提としてもつべきは

「withコロニッシュ」
(造語。withコービディッシュの方が語感がいいかな、、)

であり

「コロナ”的なもの”との共生」
(コロナが終わる、とかコロナとともにでもなく、「コロナ的なものずっと共に」という感じ)

であるのかなと。

このようなワードを抱えながら、終わりなき、地球と自分自身のヘルシーさを探究し続けながら、生きていくことが大事なのではないでしょうか。

まあ、少なくとも自分自身はそういうことを大事にしたいな。withコロニッシュ・ワンダーランドを楽しみたいな、と。

そんなことを、最近考えています。

#withコロニッシュ
#withコービディッシュ
#コロナ的なものとの共生